絵本や物語で考える!小学校でのジェンダー多様性を育む読み聞かせ実践ガイド
日々忙しい小学校教員の皆様、いつも子どもたちのために尽力され、心から敬意を表します。授業準備や日々の業務に追われる中で、「ジェンダーインクルーシブ教育」という言葉は聞くものの、具体的にどのように授業に取り入れたらよいか迷われている方も少なくないのではないでしょうか。
この記事では、多くの教員が日頃から実践されている「読み聞かせ」に焦点を当て、絵本や物語を通じて子どもたちがジェンダーの多様性を自然に理解し、受け入れる心を育むための具体的なヒントと実践アイデアをご紹介します。特別な準備なしに、今日からでも始められる工夫を盛り込みましたので、ぜひご活用ください。
読み聞かせから始めるジェンダー教育の第一歩
絵本や物語の読み聞かせは、子どもたちの想像力を育み、多様な価値観に触れる絶好の機会です。この活動に「ジェンダー」という視点を少し加えるだけで、子どもたちの学びはより深まります。
なぜ今、読み聞かせでジェンダーを考えるのか?
私たちの社会には、「男の子はこうあるべき」「女の子はこうあるべき」といった無意識の思い込み、すなわち「ジェンダーバイアス」がまだ根強く存在します。これらは子どもたちの可能性を限定し、将来の選択肢を狭めてしまうことがあります。読み聞かせを通して、多様な生き方や価値観に触れることで、子どもたちは固定観念にとらわれず、自分らしく生きるための基盤を築くことができます。
「ジェンダーバイアス」と「多様性」を子どもに伝えるヒント
子どもたちに直接「ジェンダーバイアス」という言葉を使う必要はありません。大切なのは、具体例を通じて多様な価値観があることを伝えることです。
- ジェンダーバイアスについて伝えるとき: 「この物語の女の子は、元気いっぱいで外で遊ぶのが大好きだね。でも、お人形遊びが好きな男の子もいるし、静かに絵を描くのが好きな女の子もいるよね。みんなそれぞれ好きなものが違うんだ。」 「『男の子だから泣いちゃダメ』とか、『女の子だからお料理をするもの』って聞いたことあるかな?でも、それは『〜だから』という思い込みで、本当は好きなことや得意なことは人それぞれだよね。」
- 多様性について伝えるとき: 「みんなのクラスにも、元気な子、おとなしい子、運動が得意な子、絵を描くのが得意な子、いろんな人がいるね。それと同じように、世の中にはいろんな人がいて、それぞれの個性や好きなことを大切にすることが『多様性を大切にする』ってことなんだ。」 このような言葉がけで、子どもたちは自然と多様な視点を持つことができるようになります。
学年別・教科別実践アイデア:絵本・物語で広がる学び
ここでは、学年や教科の特性に合わせて、具体的な読み聞かせの実践アイデアをご紹介します。
低学年(生活、国語、道徳)での実践
低学年では、登場人物の多様な感情や行動に焦点を当て、共感する心を育むことを目指します。
- 導入のヒント: 読み聞かせの前に、「この物語にはどんな人が出てくるかな?」「どんなことが起きそうかな?」といった問いかけで、子どもたちの興味を引きつけましょう。
- 活動案:役割固定化を解きほぐす絵本
- 教材例: 性別にとらわれない職業を描いた絵本(例:「おてんばルル」「しごとば」シリーズ)、多様な家族の形を描いた絵本。
- 実践プロセス:
- 絵本を読み聞かせ、登場人物の行動や言葉に注目させる。
- 読み聞かせ後、「もしこの主人公が男の子(女の子)だったら、どんな風に感じるかな?」「主人公の得意なことや好きなことは何だったかな?」と問いかける。
- 子どもたちに自分の好きなことや得意なことを発表してもらい、性別に関わらず誰もが様々な可能性を持っていることを共有する。
- ワークシートアイデア:「もしも私が主人公だったら?」 物語の主人公になりきって、「もし私が〇〇だったら、こんなことをしたいな」「こんな気持ちになると思う」といったイラストと文章で表現するワークシート。性別にとらわれない自由な発想を促します。
中学年(国語、道徳、総合)での実践
中学年では、登場人物の背景や社会の仕組みにも目を向け、より多角的な視点からジェンダーについて考えを深めます。
- 導入のヒント: 「この物語の時代や場所では、どんな風に生活していたんだろう?」「今と昔で、人々の役割に違いはあるかな?」など、物語の背景にも目を向けさせる問いかけをします。
- 活動案:伝統的な性役割とは異なる表現の物語
- 教材例: 困難に立ち向かう女性主人公の伝記物語、男性が育児や家事の中心を担う絵本、多様な家族の形を描いた物語。
- 実践プロセス:
- 物語を読み聞かせ、登場人物がどのように困難を乗り越えたか、どのような役割を担っていたかに注目させる。
- 読み聞かせ後、「この主人公は、みんなの周りにいる『男の子らしい』『女の子らしい』というイメージに合うかな?」と問いかけ、固定観念にとらわれない多様な生き方があることを議論する。
- 登場人物の多様な選択を尊重する大切さについて話し合う。
- ワークシートアイデア:「物語の主人公への手紙」 物語の主人公に手紙を書く形式で、主人公の選択や生き方について自分の考えを表現するワークシート。「なぜその選択をしたのか」を想像することで、共感力や多角的な視点を養います。
高学年(国語、道徳、総合)での実践
高学年では、社会的なジェンダー規範や偏見について批判的に考察し、自分たちの行動や社会との関わり方を考えることを促します。
- 導入のヒント: 物語の背景にある社会の価値観について、「この時代にはどんな考え方があったと思う?」「今の社会と比べてどうかな?」といった問いかけで、深く考えるきっかけを作ります。
- 活動案:ステレオタイプを批判的に読み解くディスカッション
- 教材例: 職業選択、役割分担、外見などに関するジェンダーバイアスが描かれた物語やニュース記事。
- 実践プロセス:
- 物語を読み聞かせ、登場人物が抱える葛藤や、社会からの期待に注目させる。
- 読み聞かせ後、「この物語の登場人物は、なぜそう感じたのだろう?」「もし、ジェンダーバイアスがなかったら、どんな選択をしていたと思う?」といった具体的な問いかけでディスカッションを促す。
- 自分たちの日常生活の中に潜むジェンダーバイアスについて考える機会を持つ。
- ワークシートアイデア:「私たちのクラスのルールブック」 ディスカッションの内容を踏まえ、クラスの中で「性別にとらわれず、誰もが自分らしく過ごせるために、どんなルールや工夫が必要か」を考えるルールブック作成ワークシート。子どもたち自身が主体的に環境を改善する意識を高めます。
既存の教材をジェンダー視点で読み解くヒント
新しい教材を導入する時間がなくても、今ある絵本や物語をジェンダー視点で読み聞かせることで、新たな気づきを与えることができます。
- 読み聞かせ前のチェックポイント:
- 登場人物の役割: 主要な登場人物の性別と、彼らが担っている役割(例:家事、仕事、遊び)は固定化されていませんか?
- 言葉遣い: 「男の子だから」「女の子なんだから」といったジェンダーバイアスを含んだ表現はありませんか?
- 服装や持ち物: 特定の性別にのみ限定されるような表現(例:男の子は青、女の子はピンク)はありませんか?
- 読み聞かせ中の声がけや問いかけの工夫: 「もし〇〇ちゃん(女の子の名前)がこのお仕事をしてたら、どう思う?」「この男の子も、お料理が上手だね。みんなの周りにも、お料理が好きな男の人いるかな?」といった問いかけを意図的に加えることで、子どもたちの視野を広げます。
- 例:「桃太郎」をジェンダー視点で考える 「桃太郎は鬼退治に行ってお母さんを助けたけれど、もしお母さんが鬼退治に行っていたらどうなったかな?」「鬼も、桃太郎が来たことでどんな気持ちになったんだろう?何か誤解があったのかもしれないね。」 このように、物語の固定観念を揺さぶり、多角的な視点から考察を促すことができます。
保護者や同僚の理解を得るために
ジェンダーインクルーシブ教育の実践において、保護者や同僚の理解と協力は不可欠です。
- 目的の明確化と共有: 「子どもたちが多様な価値観に触れ、自分らしく生きる力を育むために、読み聞かせを通してジェンダーについて考える機会を設けています。」と、具体的な目的を丁寧に説明しましょう。性別を否定するものではなく、一人ひとりの個性を尊重する教育であることを強調します。
- Q&A形式での疑問解消:
- Q: 「ジェンダー」って難しそう。子どもにどう教えるの? A: 難しい言葉は使わず、絵本の登場人物の気持ちや行動について考える中で、多様な人々の生き方や考え方に触れる機会を作っています。
- Q: 特定の意見を押し付けることにならない? A: 固定観念をなくし、多様な選択肢があることを伝えるのが目的です。子どもたち自身が考え、感じたことを尊重し、特定の価値観を押し付けることはありません。
- Q: 伝統的な価値観を否定することになるのでは? A: 伝統を否定するのではなく、時代の変化に合わせて、より多くの選択肢があることを知る機会を提供しています。伝統的な価値観と現代の多様性を共に尊重する心を育むことを目指しています。 これらのポイントを参考に、懇談会や学級通信などで、日頃の取り組みを具体的に伝えていくことが大切です。
まとめ
絵本や物語の読み聞かせは、子どもたちの心を豊かにし、想像力を育むかけがえのない時間です。この時間を活用し、ジェンダーの多様性という視点を加えることで、子どもたちは「自分らしく生きる」ことの尊さ、そして他者の多様性を尊重する心を育むことができます。
「忙しいからなかなか新しいことに手が出せない」と感じるかもしれませんが、既存の読み聞かせに少し問いかけを加えたり、絵本の選び方を意識したりするだけでも、大きな一歩となります。今日からできる小さな工夫から始めて、子どもたちの未来を拓くジェンダーインクルーシブ教育を、共に実践していきましょう。